7月のさいたま市内1
さいたま市内の7月です。
見沼区の氷川女体神社周辺。
見沼区大谷。このあたりは大地主が残っています。これらの写真は大きな農家の前庭です。このあたりは山林地主が多かったので、第2次世界大戦の敗戦後のマッカーサー令による農地解放から山林が外された結果、山林を沢山持っていた大地主が残ったのでしょうか!農地解放では水田地主は完全に没落しましたが山林地主はほとんど残りました。農地解放は地域によっては農地以外の土地も接収した場合もあり、敗戦の混乱でかなり無理なマカーサー令の解釈があったようです。戦前は我が家は家族の食べるお米は埼玉県で一番美味しいと言われていた吉見町の田圃で採れるお米を食べていたそうです。戦後の農地解放でその土地は取られてしまったのですが、その後20年近く毎年今年の収穫は米何俵、柿何石と律儀に報告してくれる人がいました。
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